ぶらり、散歩に読書 ミチクサノオト

荒川締切・熊谷中山道巡検

2026-3-14 利根川文化研究

荒川締切・熊谷中山道巡検

日時 2026年3月14日(土)集合場所・時刻 JR高崎線熊谷駅南口階段下 13:15

案内 黒川雅彦氏

巡検ルート バス(13:26発に乗車予定)、徒歩(8キロメートル程度。荒川締切推定地、元荒川源流、熊谷宿、北条堤推定地)等、17:00ころJR高崎線熊谷駅解散予定

荒川締切、熊谷中山道

江戸時代、荒川は熊谷の石原付近で「西遷(せいせん)」と呼ばれる流路変更を受け、元荒川から現在の流れに付け替えられました。この治水・利水事業により、中山道の交通安全確保や熊谷・行田などの旧水田地帯の保護、江戸の洪水防御が実現され、熊谷宿は交通の要所として発展しました。 

荒川の変遷と中山道の関連ポイント

* 荒川西遷 (1629年頃):伊奈忠治らにより、荒川の本流が現在の熊谷・石原付近で大きく西へ変えられた(荒川の西遷)。

* 熊谷の由来:元々は荒川が熊谷付近で大きく蛇行していた(曲がる谷=曲谷)ことが地名の由来とされる。

* 中山道と治水:この付け替えによって、荒川の洪水から中山道の宿場や沿岸部(特に鴻巣・桶川・浦和方面)が守られた。

* 熊谷宿の繁栄:荒川の渡船場である熊谷堤を持ち、中山道と他の街道が交差する交通の要所であった。

1. 荒川の歴史的な土手・遺構

* 久下の長土手(八丁の堤):鴻巣市吹上から熊谷市久下にかけて続く約2.5kmの堤防です。中山道はこの堤防の中腹を通っており、現在もその歴史的な構造を歩いて体感できます。

* 旧熊谷桜堤(石上寺・万平公園):戦国時代に北条氏が築き、江戸時代に整備された「熊谷堤」の原型です。戦後に現在の新堤防が造られたため、旧堤防の一部は石上寺や万平公園の周辺にのみ残されています。

* 荒川決壊の跡:昭和22年のカスリーン台風などで決壊した場所の近く(現在のライオンズマンション付近の土手)に、水害の歴史を伝える碑や木が植えられています。 

 

2. 中山道と治水の歴史スポット

* 久下一里塚跡:日本橋から14里目にあたる一里塚で、中山道が堤防の中腹を通っていたことを示す重要な史跡です。

* みかりや跡:久下の土手沿いにあった茶屋の跡です。忍藩の殿様が鷹狩りの際に休息した場所として知られ、「しがらきごぼう」などが名物でした。

* 竹井本陣跡・星渓園:熊谷宿にあった国内有数の規模を誇る本陣の跡地です。隣接する「星渓園」は、本陣の当主だった竹井澹如が明治時代に築いた回遊式庭園で、荒川の伏流水を利用した「玉の池」を中心に美しい景観が保たれています。

* 熊谷寺(ゆうこくじ):熊谷次郎直実ゆかりの寺で、旧中山道沿いに位置します。宮沢賢治が訪れた際の歌碑もこの付近にあります。

Img_2210_20260315092401

Img_2209_20260315092601

カテゴリー

月別アーカイブ

TOP