2026.07.24
カテゴリ: 人文学,文学・歴史雑談
「梅原猛所長退任記念講演会(1995/05/13)」の内容
以下は、 「梅原猛所長退任記念講演会(1995/05/13)」の内容を、 動画の実際の発言に基づいて()、 登壇者ごとに要点を整理した“わかりやすい全体概要”としてまとめたものです。
全体構成(講演会の流れ)
- 司会:山折哲雄 開会挨拶。3名の講演 → 休憩 → 梅原猛所長の講演という構成を説明。
- 講演①:伊東俊太郎「梅原猛の思想」 梅原思想の全体像と発展を、哲学・比較文明学の視点から総括。
- 講演②:上田正昭「アジアの中の日本の律令」 律令研究を軸に、梅原古代学の意義と独自性を歴史学の立場から論じる。
- 講演③:河合隼雄「人間、梅原猛」 梅原猛という“人”の魅力を、エピソード中心に語る。
① 伊東俊太郎
「梅原猛の思想」概要(約20分)
◆ 梅原思想の特徴(4点)
- ① 外国哲学の注釈に終わらず、自らの体験・状況から思索する“オリジナルな哲学者” ハイデガー紹介に終始した学会報告に対し、 「自分で哲学していない」と批判した若き日のエピソードを紹介。
- ② 強靭な論証・論争の哲学者 通説や権威に懐疑を向け、論理的整合性で新説を構築する姿勢。
- ③ 具体的事実と対話する哲学者 抽象思弁ではなく、考古学・民俗・歴史・言語など“具体物”から思想を展開。 → 和辻哲郎に近いが、より明快で晦渋さがない。
- ④ 表面だけでなく“闇”を見つめる哲学者 「背面の思想」=表層の明るさの裏にある深層の闇を見つめる。 しかしそこには“生命への愛”があるため、救いが感じられる。
◆ 思想の発展(4期)
- 第1期(昭和23〜43) ギリシャ哲学 → ハイデガー・ニーチェなど西洋哲学を主体的に読み、限界を超えようと格闘。
- 第2期(昭和43〜63) 日本思想へ転じる。 『地獄の思想』『隠された十字架』『水底の歌』など、 “背面”から日本思想史を読み直す革新的研究。
- 第3期(昭和63〜平成7) 比較文明論的視野へ拡大。 『ギルガメシュ』『日本人の「あの世」観』、 さらに環境・生命問題(脳死、森の思想)へ。
- 第4期(平成7〜) 東西思想を統合し、未来の人類に向けた新しい“生命の思想”を構築する段階。
◆ 結論:梅原思想を貫くもの
「生命の思想」 死を見つめつつ、生を深く愛する思想。 現代文明の“死の文明”を超え、21世紀の人類を生き残らせる思想として期待。
② 上田正昭
「アジアの中の日本の律令」概要(約40分)
◆ 講演の主旨
梅原古代学の後期研究、とくに律令研究が画期的であることを、 東アジア全域の律令体制の比較から論じる。
◆ 東アジアの律令の広がり
- 中国:春秋戦国 → 漢 → 晋 → 隋唐で完成度が高まる
- ベトナム:11世紀に律令制
- 渤海:律令国家
- 新羅:碑文(鳳坪里碑)発見により、律令制の実在が裏付けられる
→ 律令は中国だけでなく東アジア全域に広がる制度
◆ 日本の律令成立のプロセス
- 近江令(671):存在を肯定(慣行法に基づく令)
- 飛鳥浄御原令(689):確実に存在
- 大宝律令(701–702):令→律の順で整備
- 養老律令(718? / 757施行):成立年は再検討の余地
◆ 日本律令の“独自性”
上田氏が強調したポイントは、 「日本は唐律令を母法としつつ、随所で独自化している」という点。
例:
- 都城に羅城(城壁)を設けない
- 科挙・宦官制度を採用しない
- 孟子(革命思想)をほぼ受容しない
- 神祇官を太政官と並立させる(他国にない制度)
- 神祇令は唐の祀令と大きく異なる(生贄なし、祭祀の場所規定なし等)
◆ 梅原古代学の評価
- 前期(『隠された十字架』『水底の歌』など) 着想は優れるが実証が弱いと率直に評価。
- 後期(『聖徳太子』『日本冒険』『海人と天皇』など) 東アジア的視野を持ち、実証性が高まり、 とくに『海人と天皇』の「律令を読む」章は画期的と絶賛。
◆ 特に高く評価した梅原の発見
- 衣服令の比較から、日本の女帝の存在が律令に影響していることを指摘
- 詔書式の比較から、日本の天皇の詔勅が“二重チェック”構造であることを発見
- 宣命(和仮名混じり文体)を「日本文章史の革命」と位置づけた
→ これらは従来の研究者が見落としていた点であり、 上田氏は「梅原の律令論はすごい」と繰り返し称賛。
③ 河合隼雄
「人間、梅原猛」概要(柔らかい“幕間狂言”)
◆ 講演の特徴
哲学・歴史の“硬い話”が続いた後、 河合氏は「幕間狂言」として、 梅原猛という“人”の魅力をエピソード中心に語る。
◆ 印象的なエピソード
- 心理学者に「妄想型」と言われた梅原に対し、即座に「妄想では学長は務まりません」と切り返す → イマジネーションと現実的能力の両立。
- 大野晋との激しい論戦 → 日本人は論争を避けがちだが、梅原は真正面から議論するタイプ。
- 深夜まで議論し、翌朝も起き抜けに「ほんでなあ河合さん!」と議論の続き → 思索のエネルギーが途切れない人物像。
◆ 河合氏の総括
- 梅原猛は、 “両立しがたい要素を一人の中に抱え、それを原動力に新しいものを生み出す人”
- 学問的業績だけでなく、 人間としての魅力・エネルギー・ユーモアを強調。
全体まとめ:3人の講演が描いた「梅原猛」という人物像
◆ 伊東俊太郎
→ 思想の全体像を体系的に整理し、「生命の思想」へ収斂する哲学者」として描く。
◆ 上田正昭
→ 古代史研究、とくに律令研究の革新性を実証的に評価し、東アジア史の中に位置づける。
◆ 河合隼雄
→ 学問と人間性の両面で魅力あふれる人物として、エピソードから立体的に描く。
④ 梅原猛本人 退任記念講演の要約
◆ 講演全体の位置づけ
梅原猛本人の講演は、先に行われた三人の講演への応答であると同時に、自身の研究生活・国際日本文化研究センターでの歩み・これからの思想的課題を振り返る退任講演として位置づけられる。単なる謝辞ではなく、自分が何を考え、何を追究し、今後どのような思想が必要になるのかを語る総括的な内容である。
◆ 主な内容
· 三人の講演への感謝と応答 伊東俊太郎、上田正昭、河合隼雄の各講演を受け、自身の思想や研究が他者の視点から語られたことへの謝意を述べる。とくに、自分の仕事が哲学・歴史学・心理学という異なる角度から照らし出されたことを重く受け止めている。
· 国際日本文化研究センターでの歩み 所長としての任期を振り返り、日文研を単なる日本研究機関ではなく、日本文化を世界史的・文明論的な視野から問い直す場にしようとした姿勢が示される。
· 日本研究を世界へ開くという課題 日本文化を内向きに称揚するのではなく、アジアや西洋との比較の中で位置づけ、人類全体の思想的課題と結びつける必要性を強調する。
◆ 思想的メッセージ
· 「生命」を中心に据える思想 梅原は、近代文明が自然や生命を軽視してきたことへの危機感を背景に、これからの思想は生命を守り、自然と人間の関係を回復するものでなければならないと語る。
· 死を見つめることから生を考える 梅原思想の根底には、死・怨霊・地獄・闇といったテーマを直視する姿勢がある。しかしそれは悲観ではなく、生の尊さを深く理解するための視点として語られる。
· 二十一世紀への思想的責任 退任は終点ではなく、新しい思想を構想する出発点として位置づけられる。日本文化研究を通じて、人類が直面する環境・生命・文明の問題に応答する思想を作り出そうとする意志が示される。
◆ 要約すると
梅原猛本人の講演は、これまでの研究と所長としての仕事を振り返りながら、最終的には「生命の思想」へと収斂していく。三人の講演が梅原猛を外側から描いたのに対し、本人の講演は、梅原自身が自らの歩みを内側から意味づけ、次の時代に向けて何を考え続けるべきかを示したものといえる。
以下は、視聴している 「梅原猛所長退任記念講演会(1995/05/13)」の最終講演、 講演④「哲学と私」梅原猛 の内容を、動画の実際の発言に基づいて 体系的に整理した“わかりやすい概要”です。 (引用はすべて動画内容に基づきます)
講演④「哲学と私」梅原猛
1. 講演の位置づけ
伊東俊太郎・上田正昭・河合隼雄の3名の講演を受けて、 退任する所長としての総括、そして「哲学者・梅原猛」の原点と歩みを自ら語る講演。
内容は、
- 自身の哲学観
- 研究の歩み
- 日本文化研究への姿勢
- 日文研への思い が一体となった、いわば「梅原猛の自伝的哲学講話」。
2. 梅原猛が語る「哲学」とは何か
◆ 哲学は“自分の体験から考えること”
伊東俊太郎が紹介した若き日の「ハイデッガー批判」のエピソードを受け、 梅原自身も 「外国哲学の注釈ではなく、自分の体験から考えることが哲学だ」 と強調。
- 哲学は「自分の土壌」から生まれる
- 既成の権威に寄りかからない
- 体験・現実・具体物から考える
→ 抽象思弁ではなく、現実と向き合う“生きた哲学”を志したことを語る。
3. 自身の研究史をふり返る
伊東が提示した「四期区分」をほぼ踏襲しつつ、 梅原自身の言葉でその意味を補足していく。
◆ 第1期:西洋哲学との格闘
- ギリシャ哲学、ハイデッガー、ニーチェ
- 「死の哲学」に共鳴しつつも限界を感じる
- 「ではどう生きるか」が示されないことへの不満
→ “生の哲学”への渇望が芽生える時期
◆ 第2期:日本思想への転換
- 『地獄の思想』『隠された十字架』『水底の歌』
- 日本文化の“背面”=闇を見つめる
- 死者への鎮魂を通して「生の意味」を探る
→ 死を凝視することで、生の深さを知る思想へ
◆ 第3期:比較文明・生命思想へ
- 『ギルガメシュ』『日本冒険』『日本人の「あの世」観』
- アイヌ・沖縄・縄文への関心
- 森の思想、アニミズム、環境問題、脳死問題
→ 生命の思想が中心軸として明確化
◆ 第4期:東西統合の「生命の哲学」へ
- 東洋・西洋・古代・現代を統合
- 「死の文明」を超える新しい生命観の構築
- 21世紀に必要な思想として提示
4. 「生命の思想」──梅原哲学の核心
講演の中で最も強調されたのが、 「生命の思想」こそ自分の哲学の中心であるという点。
◆ 死を見つめるほど、生が輝く
- 死者への鎮魂は、生者への深い愛につながる
- 死を哀惜する者は、生を愛しむ者である
- 森の思想・アニミズムは生命への原初的感受性
◆ 現代文明は「死の文明」
- 環境破壊
- 臓器移植・脳死問題
- 生命を軽視する技術文明
→ これを超える思想が必要であり、それが「生命の思想」
◆ 21世紀は生命の時代
- 「もし生命の思想がなければ、人類は生き残れない」
- 日本文化の基層(縄文・アニミズム)から世界へ発信できる
- 自分はその思想をまとめる使命を与えられた、と語る
5. 日文研への思いと「退任の意味」
講演の後半では、所長としての総括が語られる。
◆ 日文研の役割
- 日本文化研究の国際的拠点
- 多分野の研究者が集う「知の交差点」
- 自身の研究にも大きな刺激を与えた場
◆ 退任は「天が与えた時間」
伊東俊太郎の言葉を受けて、 「激務から解放され、生命の思想をまとめる時間を天が与えた」と語る。
→ 退任は終わりではなく、新しい思想の創造の始まり
6. 講演の締めくくり
最後に、聴衆へ向けて次のようなメッセージが込められる。
- 自分はまだ研究の途上である
- 生命の思想をまとめる仕事が残っている
- これからも学問を続ける
- 日文研の発展を願う
講演は、 「哲学者としての決意表明」 「生命の思想への招待」 として静かに、しかし力強く締めくくられる。
全体の要点まとめ(最短版)
- 哲学とは「自分の体験から考えること」
- 西洋哲学→日本思想→比較文明→生命思想へと発展
- 死を見つめることで生の深さを知る
- 現代文明は「死の文明」
- 21世紀は「生命の時代」
- 退任は生命思想をまとめるための“天の時間”
- 日文研への感謝と今後の研究への意欲
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