ぶらり、散歩に読書 ミチクサノオト

2026-2-4 世界経済の死角を読んで

朝の道を歩いていると、冬の光が街路樹の枝に淡くひっかかり、
その向こうでゆっくりと動く雲が、まるで時間そのものの速度を示しているように見えることがあります。
日本が抱えている「ゆっくり沈むリスク」という言葉は、そんな光景とどこか重なります。
急に崩れ落ちるわけではない。
けれど、確実に水位が上がり、気づいたときには足元が濡れている――そんな種類の危うさです。

この国の構造劣化は、一つの原因で説明できるほど単純ではありません。
円安に依存した経済の癖、膨らみ続ける財政赤字、じわじわと痩せていく中間層、
世界の覇権構造の変化、そしてAIがもたらす新しい格差。
どれも単体では「小さな揺らぎ」に見えるのに、
重なり合うと、静かに、しかし確実に、国の足場を削っていく。

問題は、その変化があまりにゆっくりで、
日々の暮らしの中では見えにくいということです。
家計の負担が少しずつ増え、
働いても豊かさが実感できず、
未来への安心が薄れていく。
それでも、私たちは「まあ、こんなものだろう」と思い込んでしまう。
この死角こそが、もっとも危険なのだと本は語っています。

だからこそ、国民として必要なのは、
短期の景気や給付に心を奪われず、
長い時間軸で政治を選ぶ視点です。
十年後、二十年後の国の姿を想像し、
持続可能な制度や投資を選び取ること。
それは派手さのない選択かもしれませんが、
未来の土台をつくるのは、いつだって地味な積み重ねです。

そして個人としては、
変化を恐れず、むしろ迎えにいく姿勢が求められます。
学び続けること、収入源や資産を分散すること、
新しい技術を使いこなす側に回ること。
国の構造はすぐには変わらないけれど、
私たち自身の選択は、今日からでも変えられる。

ゆっくり沈む国であっても、
沈まない生き方は選べる。
そして、沈まない国をつくることも、
私たちの選択の積み重ねから始まる。

散歩道の先で、光がまた枝に反射する。
その小さな輝きのように、
未来を照らすのは、遠くの誰かではなく、
いまを生きる私たち一人ひとりの視線と選択なのだと、
静かに教えてくれているように思えます。

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