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利根川東遷史のまとめ

2025-12-25 以下に「利根川東遷」に関する主な事項ごとに要点を整理し、解説します。

1. 利根川東遷とは何か

  • 概要:近世初期、利根川の流路を江戸湾から太平洋(銚子)へと大規模に付け替えた治水・利水事業。
  • 目的(諸説あり)
    • 洪水対策
    • 新田開発と農業生産力の向上
    • 江戸への水運整備
    • 東北地方からの防衛線構築

2. 河道変更の経緯(主な工事の流れ)

年代

工事内容

1594年(文禄3

川俣堰を設け、古利根川から太日川(現・江戸川)へ流路変更

1621年(元和7

新川通・赤堀川を開削し、常陸川筋へ接続

16331643年(寛永年間)

関宿周辺の改修、江戸川・権現堂川・逆川の開削

1654年(承応3

赤堀川の拡張により、利根川本流が銚子へ流れる形が完成

正史『徳川実紀』に記録がなく、工事の詳細や目的には不明点が多く、近年再検討が進む。

3. 東遷の影響

  • 地理的変化:利根川の流路変更に伴い、下総国の一部村が武蔵国に編入されるなど、国境も再編。
  • 経済的効果:江戸と関東・東北を結ぶ物流の大動脈として機能。
  • 災害の影響:洪水が頻発し、流域の村々に甚大な被害。湖沼(手賀沼・印旛沼など)は遊水池として機能。

4. 洪水と災害の記録(15961868年)

  • 災害件数(78年間)
    • 水害:54回(長雨・台風)
    • 干ばつ:12
    • 飢饉・凶作:5
    • 複合災害:6
  • 著名な水害
    • 1742年:80万石が水没
    • 1786年:印旛沼堀割普請が中止に追い込まれる

5. 幕府の治水政策と普請制度

恒常的な制度整備

  • 勘定所主導:勘定奉行・代官が治水を担当
  • 四川奉行の設置(1725年):利根川などの治水を専門に担当
  • 国役普請制度(1720年〜):幕府領以外も含めた広域的な治水体制

災害時の臨時対応(5類型)

類型

内容

(ア)公儀普請

幕府が全額負担(例:1757年、1791年、1840年)

(イ)大名手伝普請

大名に費用負担させる(17041847年に15回)

(ウ)国役普請

指定国から費用徴収(1720年〜、後に明治政府へ継承)

(エ)定式普請

毎年恒例の定期的な普請。人足・物資の徴用規定あり

(オ)自普請

村が自費で行う小規模工事

6. 利根川流域の治水・利水問題

  • 浅間山噴火(1783年):土砂流入で川底上昇、悪水が抜けず農業被害深刻化
  • 関宿の悪水問題
    • 木間ケ瀬村と中里村で訴訟が頻発
    • 1850年、幕府と関宿藩が堀割工事を実施し解決(費用:3226両)

7. 新田開発の展開

  • 下総・上総での開発が活発
  • 石高の増加
    • 正保年間:約44万石天保年間:約68万石(約24万石増)

主な新田開発事例

地域

内容

椿海

「千潟八万石」干拓(1660年代〜)→ 2740町、2万石の新田創出

印旛沼

3度の開発計画(1724年・1783年・1843年)いずれも中止

手賀沼

1635年以降、商人主導で堀割・新田造成(230町余)洪水被害も多発

このように、「利根川東遷」は単なる河川工事ではなく、江戸の都市形成、関東平野の農業開発、防災政策、さらには地域社会の構造変化にまで影響を与えた、極めて重要な歴史的事業でした。

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